体育会とは
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体育会とは

体育会理事須田伸一よりご挨拶申しあげます。

ご挨拶

体育会理事 須田 伸一体育会理事 須田 伸一 福澤諭吉は、学校教育における体育の重要性に早くから目をつけ、慶應義塾の教育に西洋流の体育の思想を取り入れました。1866年に出版された『西洋事情』(初編巻之一)では、学業の疲れを散じ身体の健康を保つ手段として西洋の学校では体育を重視している、と紹介していますし、『慶應義塾之記』(1869年)の食堂規則には「午後晩食後は、木のぼり、玉遊等「ジムナスチツク」の法に従ひ種々の戯いたし、勉て身躰を運動すべし」との一カ条が見られます。慶應義塾が1871年に三田に移転すると各種の運動部が作られるようになり、1892年、これらの運動部を組織的に統一するため、慶應義塾体育会が創設されました。

 現行の慶應義塾体育会会則第2条には、「本会は、スポーツにいそしみ義塾の発展に寄与しようとする塾生が先輩塾員の協力のもとに、技をみがき、体位の向上をはかるとともに、品性を陶冶し、学生スポーツの本旨を全うするために協同することを目的とする」とあります。そのため、慶應義塾の体育会は「文武両道」を基本とし、部員たちには学業をしっかり修めるとともに、練習を重ねて試合で勝利をかちとることを求めています。体育会の部員は部員である前に塾生であり、常に塾生の模範であるように、ともよく言われます。

 元塾長の小泉信三(1888-1966)は慶應義塾在学中にテニス選手としても活躍した人ですが、小泉も大学教育において、教室での講義、ゼミナールの演習とともに、スポーツの体験が重要であるという趣旨のことを書いています。また小泉は「スポーツが与える三つの宝」という題で講演を行い、練習によって不可能が可能になるという体験をもつこと、フェアプレーの尊さを知ること、良き友を得ることの三つが、スポーツが与える宝であると述べました。体育会の部員たちには、ぜひこれらの宝を手に入れて卒業してもらいたいと願っています。

 体育会は2017年に創立125年を迎えます。1892年に7部で発足した体育会は、現在では43部から構成される大きな組織になりました。その間、体育会がたどったのは必ずしも平坦な道ばかりではありませんが、体育会各部の部員と出身者が我が国のスポーツの発展に大きな足跡を残してきたことは紛れもない事実です。体育会の現役部員が、この125年にわたる輝かしい歴史を背負っていることを自覚し、日々の練習に精進するとともに、体育会の部員であることに誇りをもてるよう、体育会の発展に尽力してまいりますので、関係各位の皆様のご支援を心よりお願い申し上げます。